ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

ナーエラッヒェは考える

わたくしはナーエラッヒェと申します。

アウブ・コリンツダウムの第一夫人です。

周囲からはよく、王族という身分から中領地の領主一族に身分が落ちたことを憐れまれますが、わたくし自身としては今の環境は以前とあまり変わらないといった印象で、気落ちするといったことはありません。

なぜなら、わたくしはジギスヴァルト様に寵愛されているからです。

そもそも国とは、領地とは、家とは
国王が治め、領主が治め、家長が治めるものです。

彼らの一存で全てが決まり、彼らに気に入られていさえすれば立場など自然と優遇されます。

世の中にはあまりそれを理解していらっしゃらない方も多く、アドルフィーネ様など夫であるジギスヴァルト様に非協力的な態度で接し、いつも彼を困らせていました。

彼女の言い分が理解出来ないという訳ではありませんが、夫に気に入られなければ自分の立場がどんどん悪くなるばかりですのに。

そういった意味では、アドルフィーネ様はわたくしと同じジギスヴァルト王子の妻でしたが、わたくしを脅かす敵にはならないと安心もいたしました。



ドルフィーネ様との離婚とコリンツダウムの建領がジギスヴァルト様より報告されて、わたくしが一番に考えたことは魔力と子供でした。わたくしにはすでに一人子供がおりますが、まさかたったの一人で良いわけがありません。しかし成人した領主一族が二人では、新たに子を設けることなど出来ません。少々強引に子供を設けたとしても領地内の貴族からの非難は免れないでしょう。


わたくしのなかに、いくつかの案がありますがこういった策略めいたものは殿方に言わせ「素晴らしいですわ」と褒め、その意思に従うといった姿勢をみせることが肝要なので、ジギスヴァルト様から提案されるのを待ちます。

「ナーエラッヒェ、中央から多く罪人を融通してもらってるとはいえ二人だけでこの領地を支えていくのはあまりにも心許ない。なので私は新しい妻を娶ることを考えています」

「まぁ、とても良いことだとわたくしは思いますわ。妻が増えれば礎への魔力供給だけでもジギスヴァルト様の負担を減らすことが出来ますもの。わたくしジギスヴァルト様がお疲れな様子をずっと心配していたのですよ」

「貴女は優しいですね、ナーエラッヒェ。結婚の相手はクラッセンブルクかダンケルフェルガーの領主候補生になると思いますが、良いですね?」

「もちろんですわ。ジギスヴァルト様」


あら?ドレヴァンヒェルとブルーメフェルト、アレキサンドリアから妻を探せないにせよクラッセンブルクとダンケルフェルガーが自領の領主候補生をジギスヴァルト様に嫁がせるかしら。わたくしは心のなかで「それはグライフェシャーンに頼りすぎでは?」と思いましたが、もちろん夫の神経を逆なでするようなことを敢えて言うつもりはありません。

望みは薄いにせよ大領地の領主候補生を第一夫人としてコリンツダウムに迎えられるならば文句はありませんもの。後援も期待できますし、繋がりを持つことによって領地の順位の維持も期待できます。なにより魔力に余裕ができ、わたくしが子供を二人以上持つ願いに一歩近づきます。

嫁いで来られる方には少々我慢してもらい、わたくしが何人か子供を設けるまでわたくしの代わりに礎へと魔力供給をして頂くつもりです。

ジギスヴァルト様は大領地の領主候補生であったアドルフィーネ様より、寵愛するわたくしを優先してくださるお優しい方ですもの。結婚相手が大領地の領主候補生でもわたくしを優先してくださるでしょうし、大領地の領主候補生でないならば尚更わたくしの望みは叶えられます。


第一夫人であろうと、第二夫人であろうと、第三夫人であろうと、寵愛を受けている者が勝者です。

なぜなら領内のことは結局はアウブの一存で全てが決まるからです。

ならば夫に愛されるように振る舞い、夫の歓心を買ったほうがずっと自分のためになるし、無駄な動きが一切ない幸せへの近道です。





領主一族の婚姻は中央で行われます。

つまり、最低でも一年はコリンツダウムはこのまま二人で支えていかなければなりません。

妻が決まらないことが続けば、その期間ずっと子供を設けることは出来ません。


正直領内での権力はジギスヴァルト様が一番なので、上級貴族との婚姻ならばすぐにでも整うのです。礎への魔力供給者が増えることによって領地も安定しますし、わたくしも子を増やせます。しかし、それをしないのはおそらくジギスヴァルト様は上級貴族を娶りたくないのだと思いました。というより、最初から彼のなかで自身の結婚相手の候補に入っていないのでしょう。今までの境遇を考えれば納得はしますけれど、困ったものですね。






どうやら大領地から第一夫人を迎えるというお話はあまり上手くは進んでいないようです。わたくしとしては大方予想通りなのですけれど、ジギスヴァルト様にとっては予想外だったようで少々気落ちしています。わたくしは「予想外」という顔をつくりジギスヴァルト様に寄り添いました。わたくしたちは理解の無い大領地に無碍にされた哀れな元王族、それで良いのです。


「ハンネローレ様は自身が戦に参加するほどのディッター狂いですわ。平和なコリンツダウムには嫁ぎたくなかったのかも知れませんね」

「はぁ、ダンケルフェルガーの風土にも困ったものですね。あそこは女神の化身の重要性もコリンツダウムの重要性も全く分かっていません。次世代のために婚姻が必要だと言うのに……」

「次世代?ジギスヴァルト様、そんなに心配なさらずともコリンツダウムにはあの子がおりますよ」

「もちろん分かっています。コリンツダウムは心配いりません。私が心配しているのはこの国のことなのです」

「国、ですか?ジギスヴァルト様わたくしに詳しく教えてくださいませ」

「良いでしょう。……ツェントは次のツェント候補には自力でグルトリスハイトを得た者から選ぶと言っていましたね?」

「はい」

「ですから、私は元王族の責務として自力でグルトリスハイトを得られるような次世代を生み出さなければと思っているのですよ」

グルトリスハイト!

わたくしはその存在を失念しておりました。

なぜならジギスヴァルト様は女神の化身からそれを与えられず、わたくしたちの間で暗黙の了解で禁句のようになっていたからです。

「元王族である私の子供ならば後ろ盾も十分ですし、グルトリスハイト取った暁にはツェント・エグランティーヌが望んだ王が誕生するわけですから、彼女も安心させられます。私はこの国のために行動しなければいけないのです。なのに、彼らは自領の利を追求するばかりで全く国のことを考えてはくれません」

「ジギスヴァルト様がユルゲンシュミットのためにそこまで考えていらっしゃったなんて。わたくしコリンツダウムのことだけを考えていて恥ずかしいですわ。わたくしも元王族ですのに、やはり最初から王族だったジギスヴァルト様とは違いますわ」

「ナーエラッヒェ、恥じることはありません。王族の考えというのは一朝一夕で身に付くものではありませんから」

わたくしは「はい」と従順に頷きながら、ジギスヴァルト様が言ったことを頭の中で整理していきます。
つまり、母体として優秀な大領地の姫君を娶りたかったということかしら。
確かに最初から属性数も魔力量も多いほうがツェントになるには有利です。
しかし、現在のツェント夫妻には子供がいますし、コリンツダウム以外の領地からでもツェント候補は出せます。
理性的に考えれば、子供をツェントにしてコリンツダウムの地位を上げることが目的のように思えます。
そのための子供という駒、そのための大領地からの輿入れ。
しかし大領地からの領主候補生は得られませんでした。


「仕方なくエーレンフェストにも婚約の打診をしたのですが、シャルロッテは中継ぎのアウブになる可能性が高いと言われて婚約は難しいと言われてしまったんです」


「ジギスヴァルト様はなんて立派なお方なんでしょう。国のためにお一人で……。わたくしに手伝えることはございませんか?」


「ナーエラッヒェ、ありがとう。貴女も元王族として国のために私がより良い婚約者を得られることに協力して欲しい」


大領地から領主候補生を娶れないのであれば、良くても中領地の領主候補生を娶ることになり、それは最早中領地ハウフレッツェの領主候補生であったわたくしとなんら変わらないのですが、気づかないふりをして突っ込みはいれません。ここまで来れば、どこの領地でも構わないので早く夫には妻を娶って貰い、わたくしの子供を増やす計画を進めた方が良いです。


「ジギスヴァルト様、もちろん協力いたしますわ。わたくしも元王族ですもの。ツェント候補となれるように子を育てるのも妻の役目ですわ。本当は……もっと子の人数がいたほうがツェント候補となる可能性も高まるのですけれど……」

「ナーエラッヒェ……もちろん。婚約者が決まれば、貴女との逢瀬も可能になる」

「はい。国を憂うジギスヴァルト様にシュテルラートの加護があらんことを祈っていますわ」

子供を増やしてしまえばわたくしの将来は安泰に近づきます。

ジギスヴァルト様には悪いのですが、わたくしの子がツェントになれなかったとしても全く問題はありません。

(個人的解釈:リーベスクヒルフェ→恋愛よりの縁結び、シュテルラート→良縁、政略結婚)