ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

レティーツィア→ツェントルート

限りなく王族の血筋に近くないと魔力量的にメス書とれないんだよね。

そこがネックなんだけど、でも神殿での祈りと魔力奉納。将来アーレンスバッハを支えるアウブとして引き抜かれたことを考えるとギリいけないか?

努力家なところやフェルの扱きに耐えてるところ、優秀だろうこと、ロゼマ直伝の神様教育などツェント足り得る器になるかもしれない。

というか、レティが新生アーレンスバッハのアウブになるとか可哀想すぎて、ヒル君理論でユー、ツェントになって王命廃しちゃいなYO☆ぐらいのテキトーさで言ってる。


魔力量がな〜〜〜。

まぁ、分かることといえばエグランティーヌは成長期に魔力圧縮を控えていたこと。
そのエグランティーヌはツェントとして魔力量が心許ないこと。
だから、レティが成長期に魔力圧縮をガンガン進めていけばエグランティーヌと同程度の魔力量になるんではないか?そのうえで御加護のバフがかかればワンチャン??とか思ったり。

一番大事なのはレティの気持ちなんだけど、絶対新生アーレンスバッハのアウブにはなりたくはないと思うんだよねw
でもツェントになりたいって感じもしない;


もしだよ?
もしレティーツィアに課せられてる王命が取り下げられることが無いとして、レティーツィアがアーレンスバッハのアウブになる道しかないのであれば、もうツェントになって王命廃すしか回避方法なくない?


魔力量がな〜〜〜


というか本来メス書というのは別に王になるためのものではなく、領主になるためのものだったんじゃなかろうか;
魔力が豊潤だったころは領主になるために領主候補生たちがこぞって獲得に勤しんだ。王族が出来てからはメス書は王族が占有することとなり、領地はメス書を得られなくなる。各領地は誰を領主とするかメスティオノーラの書という”ものさし”が消えてしまい次期領主選びに苦心するようになる。メス書がなくても領主になれるので、神殿離れも進みだんだん魔力が乏しくなっていく。最終的には領主選びであったメス書獲得が王選びのようなものになってしまった。

あれだよ。ドレヴァンヒェルはさ、先進的だけど意外と古典的なんじゃないかって思ったんだよ。領主とギーべたちの関係が大昔の王と領主たちの関係そのものなんじゃないかって。

メス書はさ、領主が領地を治めるうえであったほうが便利じゃん?理解も深まるし。

将来ギーべになる者が領主候補生コースを修めるのに似てるんだよな。領主候補生で優秀ならそのまま領主になったって良いし。


つまり何が言いたかったかというと、メス書持ってるローゼマインがアウブに就いてるの至極真っ当ということwww


メス書獲得してツェントになったからって、それは大昔のアウブ程度でしかないんだから、大したことないよって言いたかった。