私の女神の化身は今日もお健やかにお過ごしだろうか。
あの麗しい方が今日も晴れやかに微笑んでいることを自身の幸せよりも祈っている。
アーレンスバッハの終焉。新領主が立ったこの領地には、始め様々な情報が飛び交った。
私は真贋合わせて膨大な量の情報を集めることに奔走した。
どんな情報でも欲しかった。
情報が正しいか間違っているかなど後で精査すれば良い。
私は彼女の情報をこの体に詰め込めるだけ詰め込んだ。
次は情報元を厳選して収集をしていく。
新領主である女神の化身と距離が近ければ近い者ほど情報も確かなものになってくる。
彼女の側近、そして彼女の親族の話をなんとしても聞きたかった。
実兄であるコルネリウス様とエックハルト様はともにアウブとその婚約者であるフェルディナンド様の側近である。
このお二人が一番女神の化身についてお詳しいと考えるが、お二人とも騎士でいらっしゃる。
私は文官なため、話が合わないこともあろう。それに女神の化身の肉親に何か非礼をしてしまったらと思うと恐怖で震える。
近づきたいが、近づきたくない。複雑で繊細な心境なのだ。
とすると、やはり私が話を伺うべき相手はハルトムート様になるのだろうか。
彼は女神の化身の筆頭文官であり、敬虔な崇拝者でもある。
ハルトムート様は毎週末にご自宅で親睦会を開かれていて、そこで女神の化身のお話をしてくださるそうだ。
親睦会は終始和やかに進んだ。
ハルトムート様の周りはいつも人垣が出来ていて、近づけるタイミングがない。
彼はこの領地の文官を束ねる長だ。人事・経理を司っているといっても良い。
集まる者は純粋に女神の化身に関心のある者だけでなく、出世や金、領地内での優遇・庇護を求めて参加する者もいるのだ。
私が話しかけることも出来ずに、会の終わりの雰囲気を察知し意気消沈していた時、なんとハルトムート様のほうから私に話しかけてくださった。
今日はまだ一度も落ち着いて話が出来ていませんでしたね、と。
私は、この時の会話をあまり覚えてはいない。
なぜなら、自分が質問すべき内容のことで頭がいっぱいだったからだ。
私はハルトムート様に伺った。女神の化身は何を欲しているのか、と。女神の化身は何を喜ばれるのか、と。
ハルトムート様はこうおっしゃった。女神の化身、ローゼマイン様は本を欲していらっしゃる、と。皆が文字を読み、皆が文字を書き、世の中が本で埋め尽くされることこそローゼマイン様の喜びでしょう、と。
まさに、英知の女神 メスティオノーラの化身のようなそのお心に私は感激するばかりであった。
今月は我が屋敷の蔵書を一冊アウブに献上した。
さて、来月は何にしようか。
アウブは魚も好きだと聞く。不思議な木の実もお好きなようで、先々月ギーベからアウブに献上された木の実を「カカオ!」という謎の奇声を発し殊の外お喜びになられたという。
……さて、何にすべきだろうか。
あの方の笑顔が見たい。
いや、実際に見れるわけではないのだが。
献上品を喜んでもらいたい。ただその一心なのだ。
私は一つ溜息をつくと、図書室に足を向ける。
……これにしよう。
私は熟考に熟考を重ね、一冊の本を手に取った。
(終)