ペンを額に

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アウブ・アレキサンドリアの側仕え見習い【自分語り】

わたくしはラーデンリーと申します。アウブ・アレキサンドリアの側仕え見習いでございます。
アウブには成人した側仕えが三人、側仕え見習いが四人います。
普通領主ともなればもっと側仕えを召し上げても良いものですが、新領地であり信頼出来る家柄・人物であることの審査が厳しいこと。アウブ自身が未成年であり、エーレンフェストから移動してきた側近も若いため、年上の側仕えを多く入れるわけにもいかないこと。他にも様々な要因が重なって、このような人員になっております。

普通領主一族の側近の中枢は、領主一族の傍系になります。
アーレンスバッハ時代は、先代アウブ・アーレンスバッハの弟であるヴァイゼルフリート様(仮)の家が領主一族に仕える者を多く輩出する名門として周囲の貴族から一目置かれておりました。
しかしこの領地がアレキサンドリアとなり、旧アーレンスバッハ領主一族のほとんどが罪人として新ツェントや新アウブに裁かれると、彼らに仕える者を多く輩出した家であることが裏目に出て、ヴァイゼルフリート様の家は以前とは違った意味で周囲の貴族から一目置かれるようになりました。

そもそもこの土地に、新領主と血の繋がりのある人物といえば実兄であるエックハルト様とコルネリウス様だけです。
今後領主一族に仕える者を出す領主一族の傍系といえば、彼らの家になるでしょう。
正直、ヴァイゼルフリート様はお呼びではありません。
しかし、風の噂によるとアウブの実兄であるランプレヒト様に嫁いだアウレーリア様の伝手を使って、領主・ローゼマイン様に実兄の義父という肩書で身内として近づこうと画策しているようです。

どうやら旧アーレンスバッハの領主一族だったレティーツィア様をローゼマイン様が排除する方向に動かなかったため、付け入る隙ありと見たようです。レティーツィア様は王命で養女に迎えることが決まっているだけだと思いますけれど。どうにか中枢に食い込みたくて事実から目を背けている感が拭えません。


アウブとなんの繋がりもないただの上級貴族のわたくしが、なぜ側仕え見習いとなったのか。
自分でも不思議ですが、きっと一番最初の切っ掛けはあの出来事だと思います。

「ローゼマイン様はきっと高みに上がられたんでしょうね。お可哀想に」
アーレンスバッハの寮監、フラウレルム先生がニヤニヤと嬉しそうに寮内中に響くような大声でエーレンフェストの領主候補生が亡くなったと吹聴していました。わたくしは貴族院に入学したばかりの一年生。ローゼマイン様というかたがどのような人物かは存じ上げませんでしたが、人の死を声高に叫ぶフラウレルム先生の姿に生理的な気持ち悪さを感じ、寮監にだけは近づくまいと決心しました。そして初めて迎える領地対抗戦。王族が勢揃いしているなかでのフラウレルム先生の醜態。藤色のマントを身に付けたわたくしたちは同族として他領の生徒から蔑視され、嘲笑され、散々でした。


「気持ち悪い人に、気持ち悪いことを言われている可哀想な人」
きっと、それがわたくしのローゼマイン様への最初の印象だったと思います。


そしてランツェナーヴェ事変があり、アウブが変わり、領主会議にて領地名が変わりました。
領地名が変わったことで、やっとわたくしを含めたアーレンスバッハの貴族たちはこの領地が害を被った土地ではなく、害を齎した土地としてツェントに認識され、処断されたのだと理解しました。


新領地・アレキサンドリアのアウブは、フラウレルムが「高みに上がった」と嘯いていたエーレンフェストの領主候補生・ローゼマイン様です。わたくしはさらにローゼマイン様に同情しました。彼女はフラウレルムに嘘を吐かれて貶されていたのです。そして、どうやらフラウレルムはランツェナーヴェ事変の折りにローゼマイン様と遭遇し、次は「平民」と大声で嘘を吐き貶したとか。呆れて物も言えません。彼女とその一族は領主に対する不敬罪で既に投獄されました。アーレンスバッハの汚泥が掃除され、美しいアレキサンドリアになってゆきます。



そこでわたくしは、はたと気づいたのです。
ローゼマイン様は今年も貴族院に通われるのでは?
もしかしたら、わたくしが側仕え見習いとしてお仕え出来る可能性も少なからずあるのでは?


お父様と相談しましたが、お父様はわたくしが領主の側仕え見習いに選ばれることはないだろうと仰いました。
そして、権力からは極力離れておくように、とも。
しかし、わたくしは貴族院でのフラウレルムの言動を多少脚色してお父様を説得にかかりました。
ローゼマイン様はフラウレルムにありもしない話をでっちあげられて傷ついている。
ローゼマイン様はあんな寮監を長年戴いていた旧アーレンスバッハのことを果たして信用出来るだろうか、いや出来ない!
この領地がアレキサンドリアとなり、領主であるローゼマイン様が旧アーレンスバッハ貴族である我々と心通わせるには誠心誠意お仕え出来る側仕えが何よりも必要であること。それがこの領地に生きる旧アーレンスバッハ貴族の唯一の希望でもあること。

長々と、多少はしたなくも熱意の篭った反論をすると、参ったと言わんばかりにお父様が途中でわたくしの発言を止め、額に手を当てました。そして「ローゼマイン様がラーデンリーを側仕え見習いとして望めば」という言質を頂いたのです。




お母様やお父様にお願いしてローゼマイン様の側仕え見習いはもう決まったのかと情報を集めてもらったところ、不思議なことにローゼマイン様は貴族院が始まる直前になっても自身の側仕え見習いをお決めになっていませんでした。成人の側仕えは建領時に二人ほど新しく召し上げたそうですが、側仕え見習いはまだエーレンフェストから連れてきた者一人だけ。どうやら新しい側仕え見習いは貴族院についてから学生たちの行動を見たり、お話してから決めるのだそうです。わたくしは正直「なんと悠長な」と思いました。ですがローゼマイン様にとって、ここには血族があまりにも少ないのも事実です。少しでも相手の為人を知ってから召し上げたいというローゼマイン様の不安も理解できる気がいたしました。そして特に特筆すべきことのない普通の上級貴族出身であるわたくしにとって、貴族院で判断を下すというローゼマイン様の選別方法は、親に助力してもらうより余程側仕え見習いとして選ばれる可能性が高く絶好の機会だとも思ったのです。