ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

日記

エグランティーヌは隠し部屋に入り日記を書き始める。

今日は何を書こうかしら?
そうだわ、彼について書きましょう。

フェルディナンドについて――





エグランティーヌが日記をつけ始めたのは10歳の頃からだった。
(母親としての)祖母に、貴族院入学のお祝いとして贈られたものだ。
思慮深い祖母は「良い子」を演じ続けるエグランティーヌを心配したのかもしれなかった。
環境と心の在りようは同じではない。
多くの者に囲まれているからこそ、より一層孤独に苛まれることもある。
相談する相手も気軽にお茶が出来る相手も片手ほどしかおらず、内容によっては誰にも話せないことや自身が重大な決断をしなければならないこともあった。
誰かに知ってもらいたいような、誰にも知って欲しくないような、そんな内容を密かに記す。
日記はエグランティーヌの救いでもあった。




『フェルディナンド様のお名前を初めて知ったのは、貴族院六年生の頃でした。
貴族院に入学してきたエーレンフェストの聖女(当時は誰も信じていませんでした)であるローゼマイン様の師であり、領主候補生・文官・騎士の三コース全てで最優秀を取り続けた貴族院きっての天才・秀才・鬼才と呼ばれる方であったと情報収集を行った文官から報告されたのです。ダンケルフェルガーでは魔王と恐れられていたとか。これはどうでも良いことですね。

そのフェルディナンド様がローゼマイン様の師であることで、ローゼマイン様の優秀さにも納得がいったのを覚えています。
それと同時に、なぜアウブの実子であるヴィルフリート様やシャルロッテ様が彼の薫陶を受けていないのか少し不思議にも思いました。

あの頃のわたくしは、ローゼマイン様の朗らかで幼い様子や音楽の先生方がお話するフェルディナンド様の演奏の素晴らしさなどから、彼がとても子供好きのする優しく寛容な殿方であると思っていたのです。

その後、フェルディナンド様が実はランツェナーヴェの姫が産んだ傍系王族とも言える方だということが判明いたしました。
王族は彼の一挙手一投足に常に疑惑の目を向けました。
実際に彼に会えば頭が良いことと博識であることはすぐに分かり、能力の高い彼が何かを隠している印象を拭えませんでした。
しかし、ローゼマイン様が彼を心配する様を見ていると、このまま疑い続けるのはただの徒労ではないのかとも思えてなりませんでした。

様々なことが起こり、わたくしはツェントとなることを決心しました。
ツェントを決める会議ではフェルディナンド様は一貫して厳しい態度で王族とはかくあるべしと説いていました。
ローゼマイン様にメスティオノーラ様が降臨されたときは、不敬と言われるようなとても恐ろしい態度で女神に意見を述べられ、今思い出しても身震いいたします。女神様に対してあの態度なのですから、王族に対する態度など彼は露ほど気にしていないのが分かりました。
ローゼマイン様とフェルディナンド様の私的なやりとりを初めて目にして、わたくしは少なからず驚きました。
彼はローゼマイン様をとても大事に想っていながら、未成年であるローゼマイン様に容赦なく重い仕事を促していたからです。わたくしはフェルディナンド様よりもローゼマイン様のことを不思議に思うようになりました。一体彼のどこが良いのでしょう。もちろん有能な方なのは存じ上げていますけれど……


フェルディナンド様はおそらく、最もツェントに相応しい方でしょう。
わたくしはツェントとなった自分に自信が持てません。
何をすれば良いのかも、何を選択するのが国にとって一番良いことなのかも手探り状態です。
きっと彼ならその明晰な頭脳でもって、やるべきこと・なすべきことが一直線に羅列され順序良く、または平行して物事を進めていくのだろうと思います。


ツェントとなって初めての大仕事。
ジェルヴァージオの捕縛でわたくしは失敗いたしました。
誰がなんと言おうと失敗なのです。ええ。


わたくしはやはりツェントには向いていない。
わたくしより優秀な方は他にたくさんいるでしょう?
わたくしは判断を誰かに任せたかった。
彼ならば……

「私はエーレンフェストの領主候補生で、アウブ・アレキサンドリアの婚約者に過ぎません。相談を受けるくらいは可能ですが、判断するのは私ではありません。また、ツェントが他人の意見に流されやすければ再度ラオブルートのような存在を許すことにもなりましょう。お気を付けください」

そう諫められました。


厳しい彼の弱点はローゼマイン様でした。
ローゼマイン様に関係することが起こると一気に平静ではなくなります。
その様がなかなかに面白く、意趣返しに少しからかったりもいたしました。
すぐに睨み返されましたけど。
男女の機微を理解されていらっしゃらないローゼマイン様の対応に彼は苦慮していました。
いつか熟したラッフェルを収穫出来ると良いですね。』





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始まりの庭や国の礎で起こったことは名捧げの石によって「他言無用」と命令されていますが、記してはならないとは言われていないので。あと日記はエグランティーヌの魔力でしか開かない書箱に入っているので他人が見ることもありません。あるとしたらエグランティーヌが死んだ後です。