未来の事象を、過去の自分に話し過ぎるのも良くはない。
領主不在の城を預かっていたところ、執務中にここに飛ばされたことを話した。
「とても信じられるような話ではない」
全てを聞き終えた後、男はそう言い放った。
「しかし、魔力が同じであるならば其方が私の隠し部屋に許可なく入れたことも納得出来る」
蟀谷に手を当てて、ハァと溜息をつく様はまるでローゼマインの非常識に対応する私のそれである。
不本意極まりない。私はローゼマインの気持ちが少しだけ分かった。
これは私が悪いのか?いや、神々のせいであろう?
……そう、神だ。
「そういえば父上がおっしゃっていた」
「……何を?」
「時の女神の御導きだと」
「あれは単なる言い回しであろう?」
「こんなことが起こっても?」
二人で頭を抱えた。
私は隠し部屋からは何故か出られず、この隠し部屋で生活する他なかった。
生活に支障をきたすかと思ったが、生理的欲求が一切湧かなかったため何の問題も無かった。
どうせ暇だろうと男に回復薬の調合を指示されたこともある。断る道理もなかった。
カチャカチャ……
青い衣を纏った男は足早に部屋に入ってくると、調合の準備をし始めた。
「調合か?私も手伝おう」
「……いや、今回は私だけで良い」
「何を作るのだ?」
「……」
答えない男の解答を探ろうと、棚から出される素材を見つめる。
素材の取り合わせから何を作ろうとしているのかようやく目星がついたとき、私は男の腕を掴み声を低くして問うた。
「……其方、一体何を作るつもりだ?」
「ローゼマインは危険な存在だ」
「はっ……!」
男の腕を掴む手に身体強化をかけた。
折れてしまっても構わなかった。
「それで?作ったものを飲まそうというのか?」
「せめて眠るようにいかせてやりたい」
「ふざけるな。ローゼマインはエーレンフェストにとって有益かつ重要な存在だ。高みに上げるなど許されない」
「ローゼマインは既に有害だ。そなた未来から来たのであろう?ローゼマインは本を望む。英知の書もまた望んだのではないか?」
「……望んでなどいない」
「確かに。望まなくとも手にした者が一人いたな」
クツクツと男は嗤う。
「アレはいずれ、メスティオノーラの書を手に入れる。そのときに窮地に立たされるのはエーレンフェストだ。政争の真っただ中だぞ。どう転んでもただでは済まぬ。父上との約束を忘れたのか?」
ギラギラと射るような目つきで睨まれる。
もちろん男の懸念も理解出来る。それは過去自分が考えたことだ。
しかし、引くことなど到底出来ない。
「父上との約束を忘れたわけでも、蔑ろにしようとしているわけでもない」
「今ならば、まだ間に合うであろう?私である其方なら理解出来るはずだ。手遅れになってからでは遅すぎる」
「ローゼマインがメスティオノーラの書に近づいているのは分かる。それが大変危険なことも。しかし、ローゼマインがいなくなるほうが危険だと言わざるを得ない」
「どういうことだ?」
「……詳細は言えぬ。ただ、ローゼマインは必要な存在だ。エーレンフェストにとっても。ユルゲンシュミットにとっても。……私にとってもだ」
この先で何が起こるか、全て伝えることは出来ない。
どこに綻びが出るか分からない。
だから目線をしっかりと合わせて、真実を伝えていることを相手が理解してくれるまで待つしかない。しばらく双方の睨み合いが続いた。
先に目線を逸らしたのは男だった。
「……分かった……私も好きでこのようなことをしようと思ったわけではない」
溜息を吐き肩から力が抜けた男は、やって来たときとは大分違った様子で部屋を出て行った。