ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

記憶の底④

テルツァという番号が私に割り振られた名前だった。

同じく数字を名に持つ者の中からランツェナーヴェの次期王を決めるのだと言われて、そういうものかと思った。
どうやら私は次期王候補らしい。
魔力の多いものだけが王として君臨するのを許され、その他は存在することも許されぬ。
私は密かにこの離宮を闘技場と呼んだ。


魔力圧縮の助言を得るため、滅多に会うことのない母上とお茶をしたこともある。
母上は甘ったるい匂いを纏っては夢見心地に生きている人だった。
柔らかな微笑みは途切れることなく、今にも浮き上がってしまいそうな薄手の衣装を身に纏い、鈴を転がすように笑った。
息子が窮している状況で、よくこのように暢気に生きていられるものだ。
本音を伝えれば、母上は驚いたように瞳を少し大きくさせて目をしばたたかせた。

「あら?うふふ、だってそのために産んだのですもの。魔力量が多い子として産んだのも、効率的な魔力圧縮の方法を教えたのもわたくしなのに、そんな風に思っていたなんて困ったこと。でも、良いわ。許してあげる」


怒りは更なる怒りに飲み込まれただけだった。
結局ここで怒りや哀しみを抱いたところで、誰に受け入れられることもないのだろう。


離宮にはたびたび、如何にも支配者然とした男がやってきた。
そして用が済めば帰っていく。
女が男をもてなす場所。
ここはそういう場所なのだと幼い身ながら理解した。
そうして出来た子供が自分なのだということも。


齢が七に近づくと、環境はどんどん苛烈になっていった。
選ばれなかった者の末路を実際に見せられ、自分たちの置かれている状況を否が応でも理解させられた。
私は昼夜問わず魔力圧縮をし続け、体調不良に倒れる日すらあった。
しかしそのようなこと、どの子供もやっていた。
私だけではない。皆必死だった。




「おめでとう、テルツァ。君の洗礼式の日が決まったよ」

その言葉は、私が実質的にランツェナーヴェの次期王に決まったということでもあった。
ようやっと私は人になれるのだ。
世界に一条の光が差し込んだ。