ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

記憶の底③

ここはどこの館かしら?

そう思って、すぐに正体が知れる。

窓全体を覆う蔦のような格子には見覚えがあった。
エグランティーヌが仮住まいとしている場所。アダルジーザの離宮
ローゼマイン様のために用意された離宮ならばすぐにでも使用できるだろうとその離宮に移ろうとしたとき、夫であるアナスタージウスがエグランティーヌを押しとどめた。
ツェントの住まいとして新しい館を造れば良い、と。
エグランティーヌはもちろん承知していた。将来的にはそういう館を造れば良い、だが今は時間的にも魔力的にも人材的にもそんな余裕は無い。ただの仮住まいなのだから、整っている場所ならばどこでも良い、と伝えた。
しかし尚も夫は離宮を整えるのに時間が掛かる、とエグランティーヌを離宮から遠ざけようとした。
その言動と会議でのフェルディナンドの発言が気にかかったエグランティーヌはなかば強引に離宮に歩みを進めた。
そこで目にしたのだ。
この美しくも禍々しい格子を。


エグランティーヌは何も言えなかった。
恐ろしかったのだ。全てが。


その後、アナスタージウスから弁明混じりの顛末を聞いた。
しかしエグランティーヌにとって、とても納得できるようなものでは無かった。
フェルディナンドが静かに怒っていたのも理解できた。そしてこの場所を宛がったのも。


何回か議論したのち、エグランティーヌはアダルジーザの離宮を仮の住まいにすると決定した。
アナスタージウスはこの世の終わりかというような表情で頷いたが、同時に格子を外すことも絶対条件とした。




装飾は優美だが、それがここに住まう者の自由を縛る枷でしかないこと。
かつてここで、おぞましいことが行われていたこと。
それに王族が深く関わっていたこと。


陰惨な歴史がジェルヴァージオの目を通して生々しいまでにエグランティーヌの前で再現される。