ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

ランツェナーヴェの上級貴族・文官

約20年間、開きっぱなしだった国境門がその日、閉じられた――――――






王宮から見える国境門は針の穴のように小さいが、それが脈動するように淡く光りだしたのが深夜。

皆がジェルヴァージオ様がユルゲンシュミットを掌握されたのだと歓喜に沸いた。

ジェルヴァージオ様がユルゲンシュミットを掌握されたのなら、レオンツィオ様もシュタープを得ていらっしゃる。

ランツェナーヴェはこれで安泰だ、と。



しかし、それが覆されたのは明け方頃であった。

国境門に配していた騎士の一人が騎獣を駆って王宮に飛び込んできた。

「国境門が何の連絡もなく、突然閉門いたしました」

「こちらの船は?」

「まだ一隻も戻ってきておりません」

「……そうか」

ジェルヴァージオ様がユルゲンシュミットを掌握されたとして、門を閉めるだろうか?

否。閉めるはずもない。

会議は紛糾した。




「何故門が閉まるのだ!」

「向こうで誰かが王の力を使ったのだろう……」

「それはジェルヴァージオ様か!?」

「……そこまでは分かりかねます」

「船は戻ってくるのでしょうか?」

「誰が王に就いているかで変わるのでは?」


ジェルヴァージオ様が王位に就いたのであれば、何の問題もありません。

しかし……

皆が思っていることは同じだったでしょう。

ジェルヴァージオ様以外の者が王の力を行使したのでは?と。



ともかく、国境門が開かないことには何の進展もないとのキアッフレード様のお言葉で一時会議は休憩に入りました。

再開した会議では皆頭が冷えたようで、ジェルヴァージオ様がユルゲンシュミットの王となれなかった前提で対策を出し合い、今後どのような行動を取るべきかの話し合いが昼夜続きました。


ユルゲンシュミットはランツェナーヴェの攻撃を許すまい。必ず報復しにやってくるだろう。
しかし、そのときこそ好機。地の利はこちらにあるのだから、あらゆる罠を先に仕掛けておけば良い。
あちらから大量の魔石がやってくるのだ、銀の武器と即死毒でもって迎え撃ちランツェナーヴェの繁栄に役立てるべし。
そんな結論で会議は終幕したのでした。


ランツェナーヴェにとって戦争とは、ある意味このとき始まったのでした。









部下から城下町の平民が騒いでいるとの報告が上がりました。
国境門とは閉まらないもの。そういう認識で平民から兵士を募ったのです。
兵士の家族からは、話が違うと。商人たちからは貿易が出来ない。他にも国境門が閉まったことによる弊害は多岐に渡りました。
平民たちの言っていることは理解出来ますが、国境門はランツェナーヴェ貴族が扱えるものではないし、それよりももっと深刻なことが起こっているのに呑気なものだと思いました。




ユルゲンシュミットの貴族たちを迎え撃つための大量の銀の武器や即死毒を平民に作らせました。
そして国境門周辺に罠を仕掛けます。
常に敵からの襲撃を警戒し、目を光らせることひと月余り。



何も起こりませんでした。




「敵は我々の油断をつく作戦なのかも知れぬ」

「疲弊を待っているということですか?」

「いやいや、今大量の騎士や武器を準備しているのでは……?」

予断は許されません。
皆が緊張感に包まれたまま日常生活を余儀なくされる日々が、ひと月、ふた月と過ぎて行きました。


王宮内で、もう国境門は開かないのでは?とまことしやかに囁かれ始めた頃、キアッフレード様が病床に伏せられました。


今この国にシュタープを持っている人物は彼しかおりません。ジェルヴァージオ様もお帰りにならず、シュタープを得て帰ってくるはずのレオンツィオ様もおりません。


これからどうするのか。もしこのままキアッフレード様が最高神のお招きを受けたら、誰が国の礎を染め維持するのか。新しい魔術具の作成は?シュタープ持ちしか行使できない術は?また会議は荒れました。


開かない国境門。高みに近づいているキアッフレード様。戻らない王とレオンツィオ様。

膠着状態が続く中、ついにキアッフレード様が身罷られたことで、高位の貴族たちがランツェナーヴェ王の座をかけて争い始めました。

非常事態であり、すぐに王を立てなければいけないから一時的に自分が預かると言って。

激しい争いの末新たに立った王は、ユルゲンシュミットとの国交断絶により魔石の供給元を失ったランツェナーヴェのためと嘯き、敵対勢力に属していた貴族を全員粛清し、魔石と魔術具を確保しました。


シュタープを持たない王による施政は権威に欠け、不安定です。
これまでの王のように魔術具を作り、臣下に与えることも出来ません。
数年もすると、魔石や魔術具のやり繰りにも行き詰まってきました。
そこで新王はより多くの税をとり、貴族たちに分配することにしました。



そして、遂に平民たちの暴動が起こってしまったのです。
ユルゲンシュミットに行って、欲しいだけ魔石を狩れると思ったら誰一人帰ってこず。
国境門からの敵襲に備えよと通達されて、準備に忙殺されれば国境門は開くことなく。
王位を巡る争いに土地が瘦せ収穫高が減ったにも関わらず、税を増やす。
貴族はどれだけ能無しなのか。魔力を持っているだけでなぜそんなにも偉そうにしているのか。何が神の末裔だ、と平民たちが口汚く我々を罵ります。


騎獣を使い逃げ出す者。銀の武器を使われ捕らわれた者。戦いそのまま殺された者。




ランツェナーヴェの貴族狩りに使われたのは、あの時平民に大量に作らせていた銀の武器と即死毒でした。