ペンを額に

霜月のブログ。当ブログは記事に大いに作品のネタバレを含みます。合わない方はバックしてください。

砂の城

ピッ……ピッ……ピッ……

耳元で一定間隔に音がする。
うるさいなぁ
あれ?私何してたんだっけ?


「容態は?」
「バイタル正常に戻りつつあります。しかし血圧が……」


頭の上で誰かが会話してる?
子守歌、みたいだな。
ああ眠い……



===========================


「ん……み、ず……」

「マイン!?やっと……!」

母さんの声?
眩しすぎて目が開けられない。
それに声も出ないよ。

「み、ず……」

「水ね!少し待ってなさい!」

バタバタ!バタン!ドタタタ!バタン!パタタタ!
……大丈夫かな?


「マイン、起き上がっちゃダメよ。はい、ストローから飲みなさい」

「ん……」

起き上がらないよ。
ていうか、起き上がれない。

「先生も直にいらっしゃるわ」

「……せん、せい?」

水をチューチューと吸い、ペットボトルの半分ほど飲んだところでようやく一心地着く。
さっきよりは大分マシになった頭であたりを見回す。
といっても、動かせるのは目くらいだけど。
左に母さんがいた。右に窓。窓からはお日様燦々。部屋を明るく照らしていた。
ここって、家じゃないね?


コンコン

「マインが起きたと聞きました」

「先生!はい、さっき突然起きて……」

<先生>が入ってくる。
てことはやっぱり病院、か?
やばい、何も分からない。

「マイン、少し心音を聴かせてくれ」

服がたくし上げられて、聴診器を当てられた。
う、冷たいっ。

「……問題はなさそうだ。拒絶反応もなし、と。しばらくは体が思うように動かないかも知れないが、徐々に元に戻るだろう。点滴はまだつけておいたほうが良い」


イケメン先生だ。
鼻筋なんかスッとしていて、目元は涼しく柔和な笑み。
けど、どこか硬質で冷たい。
モテそ……


「では、また診察に来ますので安静にしていてください」

「はい、ありがとうございます」






「良かったわ。マイン。大したことなくて。心臓もちゃんと動いてるみたいだし」

「……心臓、って?」

「移植したじゃない」


イショク、シタジャナイ

イショク、シタ……



「マイン?覚えて無いの?どうしましょう、先生に……!」

今にも駆けだしそうな母さん

「大丈夫、だから」

「でも!」

「ちょっと、忘れてる、だけだから。もう疲れた」

「……!そうね、休みなさい、マイン」

「ん……」

私はすぐにシュラ―トラウムに招かれた。



=============================


一週間もすれば、どういう状況なのか私は理解した。

十二歳のとき、私は急に胸が痛み倒れた。
そのまま病院に搬送、検査され告げられたのだ。
重症の心疾患であると。
UCLAメディカルセンターに移り、フェルディナンド先生が担当となった。
最初は薬を飲み、点滴を刺した。
症状が良くならないことが分かると手術も視野に入ってきた。
補助の機械を入れて自分の心臓をもたせるか、心臓移植を受けるか。
どの方法が将来的に一番良いのか、手術におけるメリットとデメリットなど多くを話し合った。
不安を打ち明けると先生は真摯に対応してくれた。
楽観的なことなど一つも言わなかった。
いつも事実をありのままに教えてくれた。
言葉だけ見れば先生は厳しい人だったのかも知れない。
けれど、私は誰よりも信頼できる人に思えた。



「なぁんで、フェルディナンド先生のこと忘れてたかなー?」

「どうした?マイン」

「ジルヴェスター先生。私起きてすぐフェルディナンド先生のこと誰だか分からなかったんです」

「ぶはっ!アイツ忘れられてたのか!?かわいそーに」

あー腹痛い、と涙を流しながら私のリハビリを指導してくれているジルヴェスター先生はフェルディナンド先生とは異母兄弟だ。この国ではよくあることである。
入院当初から筋力が低下しないようにお世話になっている先生の一人だ。

「まー、マインは術後容態が安定しなかったからな。思い出したんならアイツも不満に思うまい!」

座っている私の足を取って、伸ばしたり曲げたりしては筋肉の付き具合や異常はないか確認している。

「まだ新しい心臓になってから日が浅い、リハビリ室での運動と部屋との往復以外は絶対に運動しないように。分かったか?」

「うん。先生」

「よし!じゃあ今日は終わりだ」





「マイン!」

「あ、フリーダ」

「手術成功したんですってね!おめでとう!」

黄色やオレンジのひまわりやマリーゴールドのなかに、青のスプレーデルフィニウムが散りばめられた大きな花束を両手で抱えたフリーダが小走りに走ってきた。

「これ、お祝いよ!」

「ありがとう。すごく綺麗。……走って大丈夫なの?」

「もう一月以上経ってるもの。このくらいなら平気」

「良かった」

フリーダは私の戦友だ。
年の近い同性同士で、二人とも心臓移植を待っていた。
フリーダはお嬢様でいつも側にお供のユッテさんがいた。
すごいね、と言ったら、その代わり家族はあまり来てくれないの、と寂しそうに微笑んだのだ。
私たちがお互いの病室を訪ね合う関係になるのは、自然のことだった。
フリーダはすでに退院していて、今日は私のためだけに来院してくれたようだった。
部屋に入ると、二人で一緒にベッドに腰掛ける。


花瓶に花を活けてきますね、とユッテさんが部屋を出ていった。

内緒話をするなら今、かな?

「ねぇ、フリーダ?フリーダは移植手術のときに夢って見た?」

「夢?でも、麻酔かけるでしょ?」

「うーん、そうだけど。やっぱり見てないのかー」

「なになに?マインどんな夢見たの?」

「すごく突拍子もなくて、ありえないような夢だよ?」

「すごく興味あるわ!」

「その、ね。全く別の世界なんだけどこっちで見知った人たちがたくさん出てきたの、それで……」



(終)